夢か現か

何でもない日常の手記.そして遺言書.

夢日記

 僕は中学生か高校生くらいだろうか.

家族の無理解と虐待に耐えきれ無くなった.

1500円鳥渡のしょっぱい所持金ながら,

青さの滲み出る僕は家出を決意する.

家出を思いついたのは迷路染みた横浜駅を彷徨していた時の事だった.

うんと遠くに行ってやろうとも思った.

携帯電話の電池を持たせて置きたい僕は,

行き先をその電子端末で調べる事をせず,駅員に聞いた.

 

「京都に行きたいのですが」

「……品川から新幹線d」

「すみません,新幹線を使わないルートが知りたいです」

そうなりますと……斯々然々……

米原から琵琶湖新快速の満州赤穂行きに乗っていただきますと

京都に到着します.

駅員はコンピューターで乗り換えを調べ,

丁寧にもメモを取りながら僕に順路を教えてくれた.

僕はそれを受け取り礼を告げ,別の改札に移動した.

 

 僕の所持金では京都なんか行けやしない.

そこでどうするか,友人がやっていた手口で不正乗車する.

何,簡単さ.改札のセンサーを反応させないだけで良い.

改札さえ潜り抜ければ後は悠々自適と旅ができる.

場所を移動したのは,万が一失敗した際,

顔見知った駅員に断罪されるのは耐えられなさそうだという感情論と,

事を起こすのに最適な改札を探す為だった.

 

 この日は調子が良かった.

まるで電車賃を払って何の罪もなく乗車するが如く,

あくまで自然体で改札を通過する事ができた.

調子付いた僕は,そこからは我が物顔で旅路を行った.

 

 京都駅に着いた僕は腹が減って死にそうだった.

僕に理性など無かった.

空腹を極めた僕にあるのは野生,その生存本能だけだった.

ただ食べたいという欲にだけ付き従った僕は,近くにあった店に入り,

1400円の豚しゃぶコースを頼んだ.

本来なら新たな拠点を見つけるまでの間はなけなしの1500円が命綱だ.

それだのに散財するなぞ,自殺行為の類だ.

そう,本来なら.

 

 行き当たりばったりで京都まで来た上に

所持金も殆ど無くしてしまった僕の計画はこうだ.

ひたすら盗みを働き,転売で生計を立てる.

馬鹿な考えだとは思わなかった.

家出をしようと思い至った段階で,

僕は正常な人生を辞めたくて仕方が無かった.

普通じゃないことがしたい.

本来の生き方なんて捨ててやろう.

浅学菲才で金も人脈も無い僕はそう思った.

飛んだ現実逃避だ.

 

 取り敢えずの寝床が欲しい.

野宿をするしか無いとなると,寝袋が必要だろう.

駅の付近で雑貨店を見つけると,先ずはサングラスと派手な帽子を盗んだ.

タグを取り,あたかもそれを付けて来店したかの様な態度で身に付ける.

そうして次にスーツケースを手にする.

携帯電話を取り出し,デカい声でデタラメに中国語めいた事を喋る.

これで観光客に擬態できる.

観光客なら大きなスーツケースを持ち歩いていても違和感は無い.

 

 複数階に面する大きなチェーン店だ.

店員はいちいち客の顔なんて覚えちゃいない.

案の定,盗品を身に纏ったままフロアを闊歩しようと問題は無かった.

そのまま寝袋と少しの食料をスーツケースに入れる.

この瞬間を目視されなければ造作も無い.

店中にある防犯カメラは多くがフェイクだ.

ハリボテだけでも抑止力になる.

 

  駅から少し離れた公園に到着すると,

そこでは浮浪者が晩酌を行っていた.

丁度いい.そこに紛れれば不自然ではなかろう.

浮浪者の近くで盗んだサラダチキンとお菓子を摘まんでいると,

喜々とした顔で話しかけて来た.

「兄ちゃん,見ーひん顔やなあ」

 

 話かけられるとは思っていなかったので遅れて反応した.

「ええ,最近家を失った者で,はは……」

浮浪者はふーんと言った顔付きで返す.

「あんた,家出少年やろ」

いとも容易く見抜かれた驚嘆を隠しきれない僕に浮浪者は追い打ちをかける.

「図星か.その顔だと,何か悪い事をしたって感じやなあ.

それとも,これからするんか?」

全てがお見通しの様だ.

僕は開き直って語りだす.

「ええ,そうです.僕はこれから悪事を働いて生きていく.貴方達みたく諦めて空き缶を拾って生きていくんじゃあない.僕は僕のやり方で人生をやり直す」

「ほう……それがあんたにできるかね.

できひん事くらい自分でわかってるんとちゃうか?」

何を言う……僕はここまで上手くやって来た.

改札や雑貨店の穴を突いて,家出を成功させた.

その様にして,これからもやって行く.

 

「いや,僕にはできる!」

「できひん……だってな」

そう言って浮浪者は自分の顔を,その皮膚を剥いだ.

ブーーーッ……ブーーーッ……

僅かに電池の残った携帯電話が鳴りだす.

父からの着信だ.

目の前の怪奇から逃れたい一心で忌み嫌った父に慟哭する.

「親父!助け……」

 

「お前は逃げられない」